この世の色々な法則を探求するブログ

「この世界はこういう仕組みで成り立っている」という真理に思い焦がれつつ、死ぬまでに1つでも多くの法則を理解・発見するために日々生きております。これまで生業として来た物理学、数学、人工知能などの分野を中心に、日々の考察日記を綴っていきたいと思います。

封筒のパラドックス

以下で考察するパラドックスは、
「封筒のパラドックス」で検索すると多数ヒットします。


自分が初めてこのパラドックスを知ったのは大学2年くらいの時で、 中学時代からの親友から聞いたのが全ての始まりでした。 一見素朴な問題なのに、解決するのが非常に難解で、 冬休みに2週間くらいその親友と夜通しメッセンジャーで時には白熱して喧嘩腰になりながら議論したのが 今では懐かしいです。ここでは当時の議論を振り返りつつ、できるだけ問題の本質をクリアにすることを目標にします。



1.パラドックスの内容

パラドックスの内容自体はとても素朴で簡単です。

ここに2つの封筒A、Bがあります。

封筒にはお金が入っています。

1つの封筒にはもう1つの封筒の2倍のお金が入っていることがわかっています。

どちらの封筒が高額(2倍)なのかはわかりません。

あなたはどちらか1つの封筒を選び、選んだ封筒に入っているお金をもらうことができます。

更に、あなたはいずれか一方の封筒の中身だけ、見ることができます。


Aの封筒の中身を確認したところ、100円が入っていました。

とすると、Bの封筒には100円の半分の50円が入っているか、2倍の200円が入っていることになります。

50円が入っていたらAを選んだ方が得ですが、200円が入っているならBの方が得ということになります。

どちらの封筒を選んだ方が得でしょうか?

Bに50円が入っている可能性と200円が入っている可能性は等しいはずですから、どちらも確率は1/2です。

だからBを選んだ場合に期待される獲得金額(これを期待値と呼びます。)は


(50円が入っている確率) \times 50円 + (200円が入っている確率) \times 200円
=1/2 \times 50円 + 1/2 \times 200円
=125円


で、125円になります。

Aには100円が入っていることがわかっているので、Bを選んだ方が得になります。



今度は、少し設定を変えて、あなたはどちらの封筒の中身も確認することができないとします。

最初に運を天に任せてAを選びました。

でも優柔不断なあなたはやっぱりBにしようか悩みました。

そこでさっきと同じようにBに入っている金額の期待値を計算してみました。

Aに入っている金額は今度は判りませんから、X円とします。

Bには2倍の2X円が入っているか、半分のX/2円が入っているかのどちらかで、その確率はいずれも1/2です。

するとBの金額の期待値は


 1/2 \times 2X円 + 1/2 \times X/2円
= X円 + X/4円

となり、Aの金額X円よりもX/4円だけ多くなります。

よってBを選んだ方が得になります????????

そこでBを選んだあなたは、またもや、やっぱりAにしようか悩みました。

そこで今度はAの金額の期待値を計算しようとします。

今度はBにY円入っていると仮定します。

すると全く同じ計算によってAの期待値はY円+Y/4円になります。

つまりAを選んだ方が得になります????????

Aを選んだあなたは、またまた、やっぱりBにしようか悩みました。

……





このように、何度選び直しても、

選んでいない方の封筒の方が期待値が高くなってしまう

というパラドックスです。

パラドックスそのものは素朴で中学生の数学で理解できるのですが、

解決するのは非常に難解でした。

陥りやすいトラップが複数仕掛けられている、非常に巧妙で良くできたパラドックスです。




2.どこに考え方の誤りがある?

まず、問題を以下の2つに分類します。

①片方の封筒の中身を見ることができる場合
②どちらの封筒の中身もみることができない場合

その上で問題をさらに以下の2つに分けます。

A:2つの封筒に入っているお金に上限、下限が定められている場合

B:2つの封筒に入っているお金に上限がない場合

以上の問題に分類した時、各々のケースでの結論を最初に書いておくと以下のようになります。

条件\金額の上下限 A:上下限あり B:上下限なし
①封筒Aの中身を見ることができる Aの中身が上限金額の半額以下ならBを選んだ方が得、その他の場合はAを選んだ方が得 どちらを選んだ方が得かは判らない
②どちらの封筒の中身も見ることができない どちらを選んだ方が得かは判らない どちらを選んだ方が得かは判らない

以下でそれぞれの場合の正しい解釈の仕方について考察します。

①片方の封筒の中身を見ることができる場合


①-A:2つの封筒に入っているお金に上限、下限が定められている場合
仮に1万円が上限(封筒の中に1万円より大きな額が入っていることはない)とします。
また、1円が下限(封筒の中に1円より小さな額が入っていることはない)とします。
1円から5000円の中から無作為にある金額を選び、
片方の封筒に選んだ金額を、もう片方にその2倍の金額を入れるものと仮定します。

最初にAの中身が100円だったとします。
Bの中身の期待値は上で説明した通り125円になりますから、
この場合には確かにBを選んだ方が得することになります。

一見、このことはAの中身がいくらでも変わらないように思えますが、
実はそうではないのです。
もしもAの中身が5001円だったらどうでしょう?
この場合Bには1万2円か2500円が入っていることになりますが、
1万円以上が入っていることはないことが判っているので、
Bには2500円が入っていることが判ってしまいます。
明らかにBを選べば「確実に」2501円損をします。
同じように、もしもAに1円が入っていたらどうでしょう?
Bに0.5円が入っているということはないので、Bには2円が入っていることが判ってしまいます。
Bを選べば「確実に」1円得をします。

まとめると、



- Aの中身を見て5000円以下だったらBを選んだ方が得。
- Aの中身を見て5000円以上だったらAを選んだ方が得。

ということになります。
一見なんでもない事実のように思えますが、
実はこのことが、後で考える「封筒の中身を確認できない場合」で非常に重要になります。


①-B:2つの封筒に入っているお金に上限がない場合
今度は
1円以上の範囲で無作為に金額を選び、
片方の封筒に選んだ金額を、もう片方にその2倍の金額を入れるものと仮定します。

入っているお金に上限がない場合には
Aの中身を見た時にいくら入っていたとしても、
必ずBにAの2倍のお金が入っている可能性と半分のお金が入っている可能性の両方が存在します。
AにX円(1<=X)入っていた場合、Bには2X円入っている可能性とX/2円が入っている可能性の両方があります。
そうなると、上で計算したように
Bに入っている金額の期待値は

(Bに2X円入っている確率) \times 2X円 + (BにX円入っている確率) \times X/2円
=1/2 \times 2X円 + 1/2 \times X/2円
=X円 + X/4円

でBを選んだ方が常に得をするように思えてしまいます。
しかし、ここで注意が必要です。
上の計算では「Bに2X円入っている確率」を「1/2」としていますが、
実はここに落とし穴があります。
「Bに2X円入っている確率」とは、正確には
「AにX円が入っていた時」に「Bに2X円入っている確率」
という条件付き確率なのです。

ではその条件である「AにX円入っている確率」はいくつでしょう?
今、Aに入っているお金は1円~∞円で(∞は無限大を意味します。)
無限通りの状況があります。
すると、「AにX円入っている確率」は、
「無限通り」の状況の中からX円が入っているという「1つ」の状況が実現する確率なので、

1/ \infty = 0

になってしまいます。
X円が入っている可能性は確かにあるのに、その確率が0というのは少し不思議ですね。
(これが何を意味しているのか、自分も未だに十分理解できていないような気がします。)
しかしとにかく愚直に計算すると「AにX円入っている確率」は0になります。

aである場合にbが実現する条件付き確率P(b|a)の定義は、

P(b|a) = P(a \land b)/P(a)
P(a) \gt 0


です。
この2番目の条件P(a) > 0は、P(a)は「0であってはならない」ことを主張しています。
つまり条件aが実現する確率は0であってはならないのです。
ところが今の問題では、条件に相当する「AにX円入っている」確率が0です。
従って、この問題で条件付き確率はそもそも定義できないのです。
従って条件付き確率を使って期待値を計算すること自体に誤りがあるように思います。

このことを別の切り口で考えてみます。
通常数学で無限大を扱う時には、まず有限で考えてそれを拡張する手法を用います。
そこでひとまず上限をNとして、これを後でN→∞にするようにします。

AにX円が入っていた時、Bに2X円が入っている確率P(B=2X | A=X)は


P(B=2X | A=X) = \left\{ \begin{array}{ll} 
1/2 & (X \leq N/2) \\
0 & (N/2 \lt X \leq N)  
\end{array}\right.

(Nが奇数だとN/2が分数になってしまい現実のお金では有り得ないことになりますが、 本質的な問題でないのでそれは無視します。気になる方はNは偶数だと思って読み進めて下さい。) 重要なのはNをいくら大きくしても、上記の1/2か0の「どちらか」である状況に変化がなくN→∞にしても収束しません。これが条件付き確率が定義できないことの、もう1つの考え方です。

結論としては、
2つの封筒に入っているお金に上限がない場合には、

- Aの封筒の金額を知っても、Bに変えた方が得か損かは「判らない」

ということになると思います。



②どちらの封筒の中身もみることができない場合

次にパラドックスの本題の方に入ります。
ここでも
2つの封筒に入っているお金に上限、下限が定められている場合と、
2つの封筒に入っているお金に上限がない場合。
の2つの場合に分けて考えてみます。


②-A:2つの封筒に入っているお金に上限、下限が定められている場合
上限をN円とします。
下限を1円とします。
1円からN/2円の中から無作為にある金額を選び、
片方の封筒に選んだ金額を、もう片方にその2倍の金額を入れるものと仮定します。
(Nが奇数の場合、N/2は分数になってしまい現実のお金では存在しないので
本質的な問題ではありませんがNは偶数を仮定して下さい。)

AにX円入っていると仮定します。
この時、Bの封筒に入っている金額の期待値は

  • X = 1の時

 1 \times 2X + 0 \times X/2 = 2X

  • 1 < X <= N/2の時

 1/2 \times 2X + 1/2 \times X/2 = X + X/4

  • N/2 < X <= Nの時

 0 \times 2X + 1 \times X/2 = X/2

ところが、今度はどちらの封筒の中身も見ることができないので
Xがいくつなのか知る術がありません。
従ってBを選んだ方が得かどうかは「判らない」のです。

このパラドックスの巧妙な所は、上限と下限を考えないようにさせることにより、
上記のX=1の場合やN/2<X<=Nの場合に考えが及ばなくなってしまう所です。

結論としては、2つの封筒に入っているお金に上限、下限が定められている場合

- Bに変えた方が得か損かは「判らない」

ということになります。

②-B:2つの封筒に入っているお金に上限がない場合
1円以上の範囲で無作為に金額を選び、
片方の封筒に選んだ金額を、もう片方にその2倍の金額を入れるものと仮定します。

この場合①の、いずれか一方の封筒の中身を見られる場合と同様の議論で、
条件付き確率は定義できなくなります。
「AにX円が入っている」確率は0になるからです。
つまり、「AにX円が入っている場合」という条件付き確率が意味を為さなくなり、
その場合にBに入っている金額の期待値というものは計算不能です。

結論としては、2つの封筒に入っているお金の金額に上限がない場合でも


- Bに変えた方が得か損かは「判らない」

ということになります。

3.そもそも条件付き確率を考えることがおかしい

そもそも、どちらの封筒の中身も確認できない状態で
条件付き確率を考えるという行為自体が不自然です。
この場合に求めたい確率は、
「最初にAを選んだが、その後やはりBに選び直して得をする確率」です。
これを見積もるのに、普通「AにX円入っていた場合」の条件付き確率で議論はしないと思います。
自然な計算方法は以下です。

まず上限をN(偶数)円とします。後でN→∞として上限をなくすことにします。
1<=X<=N/2とします。

AにX円が、Bに2X円が入っている確率は

1/(N/2) \times 1/2 = 1/N

Aに2X円が、BにX円が入っている確率は

 1/(N/2) \times 1/2 = 1/N

Aを選んでBに変えて得する金額の期待値は

 X × (1/N) - X × (1/N) = 0

これは「ある」X円と2X円が入っているという「条件付き期待値(この言葉が正しいかどうか判りませんが)」ですので、
全体の期待値を求めるには1<=X<=N/2の範囲で和を取る必要があります。
それは簡単で、

 \Sigma_{x=1}^{x=N/2}(X/N - X/N)
 = \Sigma_{x=1}^{x=N/2}(0)
 = 0

でやはり0です。
Aを選んでからBに選びなおして得する金額の期待値は0円。
つまり損も得もしません。
直観と合致する結果です。
この期待値はNをいくら大きくしても常に0円ですから、
N→∞にしても0円であると考えるのは自然です。
金額に上限がない場合でもBに選び直すことで損も得もしないことになります。

損も得もしないので、パラドックスも発生しません。






4.問題の本質

このパラドックスは、条件付き確率と無限という
2つの扱いが難しいものを掛け合わせた、
非常に良くできたパラドックスだと思います。

この問題ではまず、最初に片方の封筒の中身を見た場合の例を出すことで、「条件付き確率」の考え方をする方向に誘導します。最終的に問題となる「封筒の中身を見ない場合」にはそもそも条件付き確率の枠組みで考えること自体が非常に不自然、かつその枠組みで考えると問題が非常に複雑になりますが、敢えてその枠組みに思考を誘導する所に1つ目のトラップがあります。そしてその複雑な枠組みで考える場合には、封筒に入っているお金の上限、下限の存在を注意深く考える必要があるのですが、そこに目が向きにくい所に2つ目のトラップがあります。ここに気が付かないと、条件付き確率はどの場合にも一律で1/2になるように錯覚してしまう所が、このパラドックスの本質なのだと思います。